アーティストトーク! アーティストがみた北海道と 炭鉱・夕張とはなにか。

18:30~21:00とちょっと遅い時間だったので躊躇したけど、少し早めに晩御飯を食べさせて夫と子供と一緒に天神山へ。

ざっくり会場を見渡してみると、お客さんはアーティストは少なくて空知管内の炭鉱遺産や地域アート関係者が多い感じ。

トークゲストとして永岡大輔さん(アーティスト)、山口一樹さん(写真家、キュレーター)、聞き手は加藤康子さん(北海道大学大学院 メディア・コミュニケーション研究院)。



前半は山口さん、永岡さんの活動の紹介。

山口さんは富山県出身で、高校時代に東川町の写真コンクールで北海道を訪れたのが初めての来道。
(詳しいきさつを聞き逃しましたが)現在は社会教育主事として夕張市に務めながら、写真家としての活動を継続しています。
彼が撮影・編集した「暮らしと創造」という写真集を見せてもらいました。
夕張に暮らしている人たちが作ってきたパッチワークや短歌を淡々と撮り下ろすことで、廃坑・経営破綻の町、という夕張の歴史にパッケージングされない現在を写す(すると今度は炭鉱の存在がまた奥から染み出してくるような)本でした。

永岡さんは山形県の出身で2012年のトーキョーワンダーサイト・アーティスト・イン・夕張から、継続的に夕張に通い続けて作品制作やプロジェクトを行なっているアーティストです。彼はそれが初めての来道だったそうで「北海道といえば大きな平原のような地形を漠然とイメージしていたが、夕張は細長くて自分が生まれた山形の地形にむしろ近いものを感じた」と言っていました。確かに国や都道府県とかじゃなく「山間」とか「浜辺」とかでくくれる地域性があるよな〜。
基本的にはアーティストインレジデンス制度を利用するアーティストは一つの地域に一回限りの来訪で終わるケースが多いそうです。
永岡さんのように制度利用後も通い続けるのはちょっと特異な例ではないでしょうか(多くのアーティストを受け入れて来た天神山の小田井さんもそのようには言っていました。)

「地域のアーティスト」としての自我を持ちつつ公務員として夕張の地元住民になった山口さんと、各地でプロジェクトを行いながら夕張に通っている永岡さんでは地域に残る作品の保存についての語口の違いが興味深い。

山口さんは「アーティストと協働した時の楽しい記憶は残るが、経年変化で管理しきれなくなったり、興奮が覚めた後に解釈が変わっていく作品の姿を地域住民として観ていくことの辛さもある。アーティストが作って終わりという関係性になってしまうことが多いのであれば、管理しきれないことを視野に入れた作品の前後のデザインが必要では?」という提案をしていた。
この「アーティストの責任の取れなさ」については、現在も夕張での制作拠点作りのプロジェクトを進めたがっている永岡さんは(もちろん外野の自分以上に)痛感しているのだろうということは感じられたけれど、どちらかというと「作品として劣化しても痕跡を観て、当時を懐かしんでもらうこと」の方に永岡さんの力点があるように感じられた(そして山口さんも、もちろんそれ自体を否定しているわけではないと思う)。


二人の夕張への接し方から、なんとなく泉鏡花の戯曲「夜叉ヶ池」を思い出す。
池のほとりに移り住んだ萩原晃は妻とともに池に沈み、諸国を渡り歩く山沢学円が語り部(萩原と山沢は共に、元々は地方の民話の「採集者」であり「よそ者」である)として生き残る構図のことをぼんやりと思い出してしまった。(これはエンドの一つでしかないけど)

福井県に移住していた5年間、「メガネの修理屋さん」と「夫の妻」と「河和田町の住民」のパーソナリティーで生きていて、美術作家として自分のいる地域の作品は全く作ることができず、札幌に帰ってきてからようやく作ったことだとかを思い出したり・・・
なので、個人的には少しずつ地域住民性を内面化していく山口さんの立場に共感がありましたが、それだけでは広げていくことができない(夕張の人々は記録冊子ができたりすると、市外の知り合いに配ったりして広めることに関心が高いそうです)ものも感じている。



オーディエンスの色の影響もあるのか、個別の夕張での地域住民とのエピソード(ひとつひとつはとても興味深く、男子への家庭科教育のはしりに炭鉱事故で親をなくした子供達に向けて夕張の家庭科教師が始めた授業が関与していたことなどは特に。)が多く、実のところ過疎地への移住経験者として以外の観点からはなかなかトークにのめり込む糸口がつかめないなあ〜・・・と思っていた前半ではあったけれど、個人的には聞き手の加藤さんが喋り始めてからの後半が面白かった。

加藤さんは、札幌都心部で企業が撤退して空きテナントに、ビルオーナーが物件の価値を下げないため/家賃収入を得るための「苦肉の策」として、アーティストや有象無象の団体に場所貸しが行う現象を背景に、都心に様々な属性の人が入り込み界隈性が生まれていく過程を研究しているそうです。
加藤さんの存在があることで夕張の特殊な固有性だけではなく、経済的合理性と人間の幸福感・・・みたいな、普遍性のある話題に発展する糸口がトークの中に生まれたんじゃないだろうか。

もしかすると話を聞いている人の中には「夕張や空知の話をする場じゃないの?」と思っている人もいたかもしれないけど、転がって移動することができる「球体の家」を作ることで、定住することを基準にした労働や経済・都市計画を問い直す永岡さんのプロジェクトがあの場で紹介されたことは結構個人的にはスリリングでおもしろかった。

トークの終わりに永岡さんの「炭鉱が閉山された後京浜や京葉の工業地帯に、集団で就職したりしている人たちがいたりもする。夕張という町から人はいなくなっているけれど、実は(出て行く人がいることで)夕張は広がっているのかもしれない」という言葉と、山口さんが北海道の住民について「多重的パーソナリティー」という言い方をしていたのが印象的だった。

福井県に住んでいたときに大野市のちゃんこ屋の女将さんが話してくれた「北海道から福井県の製糸工場に集団就職してきた女の子たち」の朧な思い出が、本州からそれぞれのやり方で北海道にやってきた彼らの話にオーバーラップして、冒頭永岡さんが北海道にはじめて来た時、フェリーがめちゃくちゃ揺れて苦労した話(そして「こうやって北海道と本州の間を船で行ったり来たりしてきた沢山の人たちが居たんだなあ」という体感的な実感に結びついた話)にもつながるような気がして、色々味のあるトークでした。


開催日時:2019年8月31日土曜日 18:30〜21:00
さっぽろ天神山のFacebookページ:https://www.facebook.com/events/506275616794680/


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